大判例

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大阪高等裁判所 平成2年(行コ)35号 判決

控訴人

長尾憲彰

山埜義一

池田敏彦

上田万里

右四名訴訟代理人弁護士

折田泰宏

中村広明

被控訴人

今川正彦

亀田寿

右両名訴訟代理人弁護士

田邊照雄

被控訴人

寺岡俊光

大富勉

右両名訴訟代理人弁護士

仲田隆明

滝井繁男

木ノ宮圭造

重吉理美

被控訴人

西村武夫

右訴訟代理人弁護士

西枝攻

主文

1  原判決のうち控訴人らの訴えを却下した部分(原判決の主文第一項)を取り消す。

2  本件訴えのうち右部分を京都地方裁判所に差し戻す。

事実

第一  当事者の求めた裁判

控訴人らは、主文と同旨及び「控訴費用は被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

左のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の事実摘示の付加、訂正

1  原判決四枚目裏二行目の「被告大富は、」の次に「昭和五七年四月一一日ころまで」と付加する。

2  原判決五枚目裏について、三行目の「京都市をして」を「京都市担当職員から」と、五行目から六行目にかけての「これを畠山に支払った」を「京都市をしてこれを畠山に支払わせた」と、七行目の「京都市住宅局住宅改良事業室事業第一課課長」を「昭和五七年三月まで京都市住宅局住宅改良事業室第一課主幹、同年四月以降同課課長」と、九行目の「同年」を「昭和五六年」と、それぞれ改める。

3  原判決九枚目裏について、七行目の「昭和五六年」の次に「八月」と、九行目の「京都市」の次に「住宅局」と、それぞれ付加する。

4  原判決一〇枚目裏九行目、一三枚目表二行目、一三枚目裏四行目、一四枚目表二行目及び同九行目の各「(一)」をいずれも削除する。

5  原判決一三枚目裏について、初行の「4(三)」を「4」と、九行目の「京都市住宅局住宅改良事業第一課課長」を「京都市住宅局住宅改良事業室事業第一課主幹或いは同課課長」と、それぞれ改める。

二  当審における控訴人らの主張

原判決は、地方自治法二四二条二項但書所定の「正当な理由」についての解釈を誤ったものである。

1  原判決の援用する最高裁昭和六三年四月二二日第二小法廷判決にいう「当該行為が秘密裡にされた場合」の解釈について、原判決は、予算内の支出決定、支出命令に基づいて行われたものはすべてこれに該当しないかのようにいうが、極めて不当である。

予算外支出などは秘密裡にされた場合の典型であろうが、予算内の支出であってその支出行為の存在自体は公にされている場合であっても、本件のように、刑法上の犯罪を構成する行為に基づいており、架空の補償であることがことさらに隠蔽されている場合については、監査請求について所定の期間制限の趣旨を貫くことが相当でないことは、予算外支出の場合となんら選ぶところがない。

秘密裡にされた場合とは、前記最高裁判決の趣旨からしても、当該行為の存在ないし違法性について、通常、住民が知りえない又は知ることが困難な状況に置かれている場合を指すと解すべきである。

そして、本件が右の場合に該当することは明らかである(なお、前記最高裁判決は、期間制限の趣旨を貫くことが相当でない場合として、「当該行為が……秘密裡にされ……た場合等」と説示しており、正当な理由があるときを秘密裡にされた場合のみに限定していない。)。

2  前記最高裁判決の提示した基準は、住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうかであった。しかるに、原判決は、注意深い住民を基準とする旨を、前記最高裁判決の示した基準にかってに付け加えたものであって、不当である。しかも、原判決は、注意深い住民であれば、予算内の支出決定、支出命令に基づいた支出行為については、本件のような場合であっても、当該行為の存在自体からその違法性を調査、発見し得るとしており、これでは超人か神のような住民を基準にしているといわざるを得ない。

前記最高裁判決は、監査請求をした者が、税理士を開業する住民であって、町の予算の執行状況について一般の住民に先んじてその内容を知り得る公職にある者ではないとしたうえ、当該支出に問題点がある旨を報じた町議会だよりが全戸に配布された時をもって監査請求をすべき始期としていることから考えて、住民一般の相当の注意力を基準に判断すべきものと判示したことが明らかである。

本件のように、昭和五八年にいわゆる鳥居事件が発生した後に実施された京都市の調査、監査によっても判明せず、一般新聞の報道によって住民一般の知るところとなった事例については、右新聞報道の時点をもって監査請求をすべき始期と考えるべきである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一控訴人らは、本訴各請求のうち原判決が控訴人らの訴えを却下した部分(原判決の主文第一項)についてのみ不服を申し立てたから、当裁判所は、右部分にかかる訴えの適否について判断する。

二控訴人らにおいて、昭和六一年七月一〇日、京都市監査委員に対して、被控訴人らの本件各行為について監査請求をしたことは、控訴人らと被控訴人今川、同亀田、同寺岡及び同大富との間においては争いがなく、控訴人らと被控訴人西村との間においては〈証拠〉によって、これを認めることができる。

一方、〈証拠〉によると、控訴人らの請求原因2(一)(2)の京都市の支出は昭和五六年七月一〇日に、同2(三)の京都市の支出は昭和五七年一二月一四日及び昭和五八年三月三一日に、それぞれなされたことが認められる。

そうすると、控訴人らにおいて本件監査請求をしたのは、右各支出のなされた日から地方自治法(以下単に「法」という。)二四二条二項本文所定の一年を経過した後であることになる。

そこで、控訴人らにおいて右所定の期間を徒過したことについて、同条但書所定の「正当な理由」があるかどうかについて検討を加える。

法二四二条二項本文は、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為は、たとえそれが違法・不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとの観点から、監査請求は、「当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない。」と定めたものである。しかしながら、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡になされ、一年を経過してからはじめて明らかになった場合等には、例外として同項但書による「正当な理由があるとき」に該当し、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるとしたものである。したがって、右のように当該行為が秘密裡になされた場合、同項但書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁参照)。

(一)  〈証拠〉によると、右各支出は、京都市の行う土地建物の買収に関して、補償金として支出する理由がなかったのに、右買収事務を担当していた京都市の職員において、架空の人物である金田好一なる者が当該建物において中華そば店を経営している旨の(請求原因2(一)(2))、或いは、既に買収済の土地について、借地権者との間で補償契約が締結された事実がなく借地権者の支払う意思もなかったのに、右契約が締結された旨の(請求原因2(三))、それぞれ虚偽の事実を記載した書面を作成して補償金支払の必要があるかのように装い、支出を担当する同市職員をしてその旨誤信させて、支出決定、支出命令をさせたうえ、通常の財務会計上の行為として支出された(なお、その審議に際して、右各支出命令は市議会の委員会に提示されたが、右各支出決定の提示はなかった。)ことが認められる。

(二)  よって、検討するに、公然と行われた予算支出行為について、それが違法或いは不正な支出であることを主張して住民が監査請求をする場合は、通常は当該行為後直ちにこれをすることが可能であるから、同条二項本文所定の期間の制限に服すべきことはいうまでもない。しかしながら、本件の場合のように、形式的には公然となされた予算内の支出行為ではあっても、それが単なる予算項目の流用等財務・会計法規違反の支出行為にとどまらず、その実質は職員において内容虚偽の文書を作成して地方公共団体から金員を騙取する詐欺行為に当たるなど刑事上の処分の対象になる場合のようにその違法性が著しく、違法・不正な支出である事実がことさら隠蔽されている場合にあっては、通常の予算内の支出行為とは事情を異にし、一般住民において、当該支出がなされた事実に基づいて或いはこれを端緒として、右支出が違法・不正なものであることを知ることは、特段の事情がない限り不可能であるといわざるを得ない。けだし、右のような著しく違法な方法により支出行為がなされる場合には、外観上は通常正規の財務会計上の支出行為の形式を採り、地方公共団体の内部においても特定の職員を除きそれが実質的に違法のものと知ることはできないのが通常であり、いわんや一般住民において当該行為について監査請求の権利を行使することを期待することは不可能もしくは著しく困難といわざるを得ないからである。

したがって、このような場合にあっては、当該支出が違法・不正なものであることがことさらに隠蔽されているのであるから、右支出は秘密裡になされた場合に該当するものとして、特段の事情がない限り、住民の監査請求が同条二項本文所定の期間を徒過してなされても、直ちにこれを不適法ということはできず、住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて、当該行為が違法或いは不正であることを知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求がなされていれば、同条二項但書所定の「正当な理由」があるときに該当し適法なものと解すべきである。

(三)  前記(一)の冒頭掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によると、本件各支出行為は、その形式の上においては、正当な支出と同様に、所定の支出命令、支出決定を経て、通常の財務行為の外観を装ってなされたものであって、当該支出決定、支出命令をした京都市の担当職員でさえこれが違法・不正な支出であることを知らなかったものと認められるから、一般住民において、右各支出行為自体に基づいて或いはこれを端緒としてこれらが違法・不正なものであることを知ることは、いかに注意力を尽くしたとしても不可能であったというべきである。

そして、〈証拠〉によると、控訴人らは、いずれも新聞報道によって、請求原因2(一)(2)の行為については昭和六一年五月三〇日に、請求原因2(三)の行為については同年六月五日に、それぞれ違法な支出がなされたことをはじめて知ったものと認められるところ、京都市の一般住民において相当の注意力をもって調査した場合、本件各行為が違法、不正な支出であることを右各期日よりも前に知ることが可能であったと認めるべき証拠はない。そうすると、右各期日から四一日或いは三五日後である同年七月一〇日になされた本件監査請求は、所定の期間を徒過したことについて正当な理由があったとみるべきであって、適法なものと認められる。

なお、〈証拠〉によると、本件について監査委員会が同年八月七日に監査請求を却下したことが認められ、控訴人らが同年九月六日に本訴を提起したことは記録上明らかであるから、原判決において訴えを却下した部分にかかる本訴の提起は適法であるというべきである。

三以上により、原判決のうち控訴人らの訴えを却下した部分(原判決の主文第一項)は失当であって、本件控訴は理由がある。

よって、原判決のうち右部分を取り消して、本件訴えのうち右部分を原裁判所である京都地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大久保敏雄 裁判官妹尾圭策 裁判官中野信也)

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